金井英之と徳永英明の違いについて

金井英之と徳永英明の違いについて

僕がまっさきにここで君に伝えたこと。それはもしも今あなたの精神状態がぼろぼろで、心が壊れかけだとしたら、どうしてもこの記事だけは読んでほしくないってことなんだな。それはなぜかといえば、ここのページはいわゆるちょっとしたコーヒブレイクタイムだと思ってほしいってことなんだ。

 

それは、まあ息抜きも時には必要だよっていう意味合いでもね。僕がこの記事をなぜここで今書いているのかというと、僕が金井英之先生のあがり症教材を試してみた一人だっていうこともあるんだけれど、それよりも僕が今いちミュージシャンとしてあがり症でどうしようもなく本番になると極度の緊張症のおかげでバンド活動もままならかったっていう・・・・・。

 

もちろん今だって無名だよ。例えば『レイニー・ブルー』でおなじみの徳永英明と僕を一緒にいちゃぁ音楽業界から抹殺されちゃうけれど、それでもまあまあ音楽でご飯が食えるようになった今では、金井英之先生と徳永英明さんにもどちらにも感謝しなきゃいけないっていう立場でもあるし、またそうしなければ今僕がこうして生きていることだってできやしなかったのかもしれない。

 

まあ人はそういうことを言うと、「おまえはいちいちおおげさに物事を考えすぎなんだよ」という友達もいるけれど、僕はいちいちそんなことを言われても気にはしていない。いや以前の僕だったら気にして夜も眠れないほどに、夜を抱きしめてほしいって思うのと同時に、昔ちょっとだけ付き合っていた彼女のことをグジグジ夜中に考えてしまうクセだって今でもずっと続いていたのかもしれない。

 

だけれど、徳永英明の名曲の数々は僕をそんな絶望の夜から救ってくれるいつでも・・・。そう。そして金井英之先生の約65,089人が成功したプロが伝授するあがり症克服法というDVDも、僕の暗黒の心の闇から光を差し込んでくれることになった。どちらにも感謝してもしきれないぐらいだけれど、僕が今こうしてアコースティックギターをハープを吹き鳴らして渋谷公園通りの劇場で歌を君に届けることができているのは案外こういうことなのしれない。

 

と、ここまで記事を書いてきて思ったこと・・・それは案外とどうやら生まれつきのナスシストぶりがでて、自分でも何を伝えたい文章なのか明確に伝わってこないことに気づく・・・。でもこれはもう書き直さない。それはなぜか?というと、まあちょっとしたブレイクタイムだからだ。

 

ボブ・ディラン氏みたいに僕にはノーベル文学賞だってとれるわけがない。ゼッタイに・・・・・だけれど、君にだけは分かっておいてほしいことがあるんだ。それは・・・・あがり症だからって絶望のオリのなかに入ったままじゃいつまでたっても本当の意味でも人生はスタートしないんだぜってこと。僕がから君に伝えたことは以上だ。